JR東京駅のお土産売り場に立ち寄ってみると種類がありすぎて迷いますが、かつてこの売り場で和ラスクに出会いました。
当時としては、珍しくきな粉や抹茶、和三盆を使った和ラスクは、珍しかったです。
そのオーナーがパティシェとして有名な辻口博啓だと知って驚きました。
自分なりの「好き」が詰まっているスイーツと出会うのはラッキーだと思います。
パティシェ辻口博啓が展開するスイーツ、発想のユニークさなどをご紹介します。
パティシェ辻口博啓とは?
パティシェ辻口博啓は、洋菓子の世界大会で数々の優勝経験を持つパティシエ・ショコラティエです。
「モンサンクレール(東京・自由が丘)」をはじめ、コンセプトの異なるブランドを多数展開しています。
「サロン・デュ・ショコラ・パリ」の品評会では9回連続で最高評価を獲得しています。
2019年にはベスト・オブ・ベスト・アワードを受賞。
2015年にはインターナショナルチョコレートアワード世界大会で金賞を受賞しました。
地域振興や企業とのコラボレーション、商品プロデュース、講演、著書出版など幅広い活動を展開しています。
スーパースイーツ製菓専門学校校長
日本スイーツ協会代表理事を務め、人材育成とスイーツ文化の発展にも取り組んでいます。
パティシェ辻口博啓の店舗とは?
パティシェ辻口博啓がオーナーとなっている店舗は、12種類の店舗を運営しています。
モンサンクレールMont St.Clairは総合パティスリーです。
フェ―ヴFeveは豆菓子専門店です。
ショコラユニバースはChocolat Universe健康スイーツです。
スーパースイーツSUPER AWEETSはスイーツプロデュースです。
自由が丘ロール屋Jiyugaoka Rollyaはロールケーキ専門店です。
ルショコラドゥアッシュLE CHOCOLAT DE Hはチョコレート専門店です。
和楽紅屋Waraku Beniyaは和スイーツ専門店です。
北海道牛乳カステラHokkaido Gyunyu Castellaはカステラ専門店です。
フォルテシモ アッシュFORTISSIMO Hは総合パティスリーです。
マリアージュ ドゥ ファリーヌMariage de Farineはブーランジェリーです。
コンフィチュール アッシュConfiture Hはパティスリーです。
ル ミュゼ ドゥ アッシュLE MUSEE DE Hは、総合パティスリーです。
綜合スイーツの店、チョコレートの店、パン屋、ロールケーキ専門店など展開の幅が広くて驚きます。
かつて、私が買い物をした和スイーツの専門店だけじゃないんですね。
パティシェ辻口博啓のキャリアとは?
パティシェ辻口博啓の実家はかつて和菓子屋を営んでおりましたが、倒産をして家も店も失い、2代目だった父は行方不明となった過去を持っています。
石川県七尾市にあった和菓子屋「紅屋」の2代目でした。
パティシェ辻口博啓は厨房の真上の部屋で幼少期を過ごし、思いではどら焼きの皮を焼く匂いだったりしました。
父の後ろ姿を見ながら、いつか紅屋を継ぎたいと感じていたそうです。
小学校3年生の時に招かれた友人の誕生日会にあります。
そこで初めて食べたショートケーキの美味しさに衝撃を受けた彼は、あふれるクリームを惜しんで、皿がピカピカになるまで舐めとりました。
その様子を見た周囲から投げかけられたのは、「こんなに美味しいお菓子、食べたことないんでしょうね」という、無邪気ゆえに鋭い言葉でした。
高3で両親にパティシエへの夢を告げたら、2人は何一つ反対しなかったといいます。
東京で修業を始めた2ヶ月後に紅屋は倒産してしまい、家も店も全て失いました。
父は「東京で働く」と言って家出をしてしまい、残された母が3つの仕事を掛け持ちして妹と弟を育ててくれて、パティシェ辻口博啓は、自らの力で道を切り開いていくしかなかった。
30代後半の時、出演したテレビ番組で実家の話をしたところ、江戸川区役所の職員から電話があり、「身寄りのない、末期がんの患者が病院に運ばれてきているが、もしかしてあなたのお父さんではないですか?」とつたえてくれたそうです。
七尾市で紅屋という和菓子屋を営んでいたと話しているというのです。
「うちの和菓子の方が美味しい!」と言い返したかった
「自分もいつか、こんなふうに人の心を動かすケーキを作ってみせる」と。この時の「逆襲」の火種が、後に世界を震撼させる数々の名作を生むことになりました。
辻口博啓が考える文化としてのスイーツとは?
辻口博啓が洋菓子の世界大会クープ・ドゥ・モンドで優勝した「セラヴィ(C’est la vie)」は、技術と哲学がぎゅうっとつまったスイーツです。
日本とフランスが融合したスイーツとは。
フランボワーズの鮮烈な酸味がホワイトチョコの濃厚さを鮮やかに切り、完璧な調和(マリアージュ)が口の中に広がります。
これこそ、日本人の感性を携えて世界へ挑んだ辻口博啓のアイデンティティそのものです。味で驚かせ、デザインでもびっくりさせるパティシェ辻口博啓の真骨頂です。
糖はしばしば敬遠されがちですが、本来は脳の活性化に不可欠な栄養素であり、心を満たす「ご褒美」でもあります。
彼は北海道のビート糖や沖縄の黒糖など、日本が誇る多彩な砂糖の魅力を引き出すことで、地域素材を活かした新しい価値を創造しています。
この壮大なプロジェクトは、スイーツを通じた地域振興であり、「スイーツ育」という後進育成の情熱の延長線上にあります。
パティシェ辻口博啓の奥さんは?
結婚式では、奥様との結婚指輪も交わした事実はあるものの、はめた記憶は皆無で、今どこにあるかすら分からない状態といいます。
パティシェは、指輪などは身に着けないということですね。

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