フランスで活躍をしている日本人を取り上げています。
俳優やシェフ、パティシェなどたくさん活躍をしています。
バレエ界でもオペラ座での功績を残したバレリーナがいます。
藤井美帆さんといいます。
藤井美帆さんついて、経歴や夫こども、フランスでの活躍などを紹介します。
藤井美帆バレエ
藤井美帆はバレエダンサーであり、バレエ指導者です。
1980年東京生まれで3歳からバレエを習い始めました。
3歳の頃に、バレエの舞台を観て自分もバレエがしたいといったそうです。
1987年に父親の仕事の都合で家族と一緒にアメリカ合衆国に移住。
スクール・オブ・アメリカンバレエでバレエを学びます。
子役として、ニューヨーク・シティ・バレエ団の公演に多数出演しました。
1989年に日本へ戻り、橘バレエ学校、AMスチューデンツ、大塚礼子バレエスタジオなどで学び続けました。
1994年と1995年の2度、スカラーシップを受けてパリにバレエ短期留学を経験
1995年 埼玉全国舞踊コンクール朝日新聞社賞受賞
1995年 フランス・パリショソンドールコンクール 審査員特別賞(舞踊ジャーナル賞)受賞
1996年にはパリ・オペラ座バレエ学校に留学。
1999年に同校を卒業し、パリ・オペラ座バレエ団と短期契約を結びました。
2002年 アジア出身者として初めてパリ・オペラ座バレエ団の正式団員となりました。
バレリーナとしてパリ・オペラ座で踊る?
2002年にパリ・オペラ座の団員となり活躍を続けました。
入団後は、パリ・オペラ座バレエ団の主要なレパートリーに出演しました。
2002年 春公開の映画『エトワール』に出演
同映画は、パリ・オペラ座バレエ団のダンサーたちの素顔や日常をとらえたドキュメンタリーです。
エトワールという最高位を頂点に1つの階級社会が作られているパリ・オペラ座の舞台裏で、厳しく情熱的な人間模様が展開されます。
監督・撮影は「情事の後」などの俳優として知られるニルス・タヴェルニエ。
登場するのは、マニュエル・ルグリ、ニコラ・ル・リッシュ、オーレリ・デュポン、アニエス・ルテステュ、ジョゼ・マルティネズ、エリザベット・プラテル、藤井美帆などの有名ダンサー。
振付師のイリ・キリアンやモーリス・ベジャールほか。
2002年、藤井美帆はTV、CMにも出演し活躍しました。
あらゆるクラシック全幕レパートリーを踊りました。
レパートリーはクラシック・バレエの作品だけではなく、コンテンポラリーの新作に至るまで幅広い役柄を踊り続けたのです。
その中には、マッツ・エックやピナ・バウシュなどのコンテンポラリー作品が含まれています。
幅広いレパートリーに出演していました。
2022年7月に最後の出演作となったのは、ジョージ・バランシンの振付による「真夏の夜の夢」でした。
同年がバレエ団の定年の年となりました。
パリ・オペラ座バレエ団の定年は42歳だそうです。
藤井美帆は、パリ・オペラ座バレエ団在籍中の2021年にフランス国家のバレエ教師資格を取得しました。
引退後は、後進の指導を行っています。
20年もの長い期間、世界的に有名なパリ・オペラ座バレエ団で活躍を続けました。
そして、藤井美帆のバレエ人生はクラシックからコンテンポラリーにまで及んでいるとはすごいの一言ですね。
結婚・出産は?
藤井美帆は、フランスで結婚・出産で見つけた本当に大切なこと、人間としてのバランスがとれるようになったのです。
28歳のときにバレエの世界とは全く関係のない現在の夫と出会いました。
それまでひとりでずっとバレエのことしか考えてきてなかった人生だったの藤井美帆は、バレエの世界や藤井美帆の気持ちを客観的に見て話してくれる人と初めての出会いでした。
結婚して子どもができたことで、一番大切なことが「オペラ座」と「家族」の二つになったこと、子どもに対する責任感ができたことで、自分に対しても責任を持つことの大切さを思い出させてくれたんです。心にゆとりができるようになって、少しずつ歯車が合うようになり、本来の自分を取り戻すことができたんだと思います。
女性は妊娠したらバレリーナのキャリアはおしまいといわれていた時代でしたが、私より少し上の世代から、妊娠・出産後も舞台に上がり活躍し続けている先輩が出てきて。フランスでは、産休・育児休暇など社会システムもしっかりしているので、私たちの世代は子育てしながらのダンサーが増えた時代でもありました。
hugukum2025.11.19より抜粋
妊娠を機に藤井美帆は行動を変えました。
バレエ団監督に演目から外してもらうことを依頼。
産前産後合わせて約6か月の産休制度も利用して舞台復帰を果たしました。
朝は、私がオペラ座に行く前に子どもを保育園に連れていきました。
夫は保育園と小学校にお迎えに行ってからご飯を作り、寝かしつけるまですべてやってくれました。
藤井美帆が夜の舞台公演の終了後に帰宅すると、子どもたちは寝ていることがほとんどでした。
藤井美帆の現役生活ができた陰には、夫の子育てと仕事の両立があったからだと公言しています。夫には本当にとても感謝していまるとも話しています。バレエダンサーとして、産休・育児休暇をとりながら、踊り続けました。
パリ・オペラ座は国立です。
日本よりもかなり先を進んでいると思います。
国立のバレエ団の中で20年もキャリアを続けてこられた藤井美帆は素晴らしいと思います。
家族は?
藤井美帆の家族構成は、夫、長男(11歳)、次男(6歳)の4人家族。
現在もパリ在住
現在は?
藤井美帆は、2022年の引退後、フランス国家バレエ教師資格を持ちながら、パリを拠点にバレエ指導に従事するバレエ教師です。
バレエ教師として大切にしていることは学ぶ生徒に目標をつくれるように指導していきたいとということです。
パリ在住のバレエ教師として、現在もパリオペバレエ学校の生徒さんや現役ダンサーが彼女に教えを乞うています。
目標をもつ大切さを感じたことを藤井美帆は次のように話しています。
パリ・オペラ座バレエ団に外国人は一般生徒とは違う「留学生枠」で数人ほど入学できた時代でした。
留学生は、進級試験や入団試験を受けたり、ガルニエ宮での公開レッスンに出たりすることは、基本的にはできなかったのですが、留学できた喜びしか感じていなかったといいます。
大きな目標があるとやはり人間は強くなれるなって実感しました。
目標をつくれるような気分にさせてあげることです。
それは、本人が20代の頃、何のために踊りたいのか、踊ってどう感じたいのか、どんな作品を踊りたいのかなど自分の意志を目標に向けることができていなかったからだと気づきました。
気分が落ち込んでしまうと目標さえ持つ気分になれず、はい上がるきっかけがなくさまよい続けてしまう。
前向きな気持ちにもっていかれるようにサポートすることで、あれもやってみたい、これも手に入れたいといった願望や欲望が湧き出てくると思っています。
経歴を振り返る
藤井美帆のバレエ漬けの経歴を振り返った時に、自分に焦点を当てて考えられるようにすることが重要といいます。
パリ・オペラ座のバレエ学校に入学することが目標にして毎日バレエを練習し続けていました。
パリ・オペラ座の一員として周りと切磋琢磨しながら踊れるようになったけれど、大きな目標の達成で次の目標を見失ったそうです。
自分が踊るバレエがわからなくなって、自信さえも失っていったと感じていました。
パリ・オペラ座のバリーナは42歳が定年なのですが、17歳からずっと舞台で踊り続けるには肉体的にも精神的にも厳しく、途中で挫折してしまうダンサーも多いんです。
藤井美帆は42歳まで舞台で踊って、輝き続けたいというのが大きな目標のひとつでした。
両親も友人たちも全力でサポートしてくれてきていたので、最終公演では家族や友人の前で一番良い状態の自分で臨み、有終の美を飾ることを目指しました。
最終公演は膝のけがで不安を抱えていたけれど、目標にしてきたことがすべて果たせたことの喜びと達成感、みんなへの感謝の気持ちでいっぱいでした。
ダンサーには、違う輝く個性があります。
その輝く部分を失わないようにしながら、弱点を改善していくことが重要です。
それが、他人と比較されても自信を失わせず、自分の良い点や誰にも負けない部分をより伸ばしていけると思います。
スポーツ界は特に比較される世界です。
たとえ、10位でも自分はほかの人に負けない良い点があるから絶対大丈夫、でもまだ伸びる部分があるからそこをもっと磨こうと自分に焦点を当てて考えられるようになれます。
各々のゆるぎない個性をもったまま、スキルを伸ばしてあげたいですね。
自分が通過してきた道に足りなかったことに気づいて、後進の指導にあたれる藤井美帆の経歴は素晴らしいと思います。

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