モンテーニュとは、モンテーニュ名言は?モンテニューエセー

生きていくうえで、立ち止まってしまうことってありませんか。
そのような時に励ましてくれたり、納得できる名言があるといいですね。
今回は、名言をたくさん残しているモンテーニュについてお伝えします。
モンテーニュは、16世紀のフランスを代表する哲学者。
人間を洞察し、生き方の探求を続けました。

 

モンテーニュとは

モンテーニュはフランスを代表する哲学者のひとりで、16世紀のルネサンス期に活躍した人物です。
ヨーロッパ史では欠かせない「宗教戦争(ユグノー戦争)」においては、カトリックとプロテスタントの間に立った経験から、独断に陥らず、互いを認める寛容な精神こそが人間には必要だと説きました。

1533年、フランス西南部のボルドーに近いモンテーニュの城館に生まれました。
曾祖父ラモンの代にモンテーニュの城館を領地ごと買い取った貴族でした。
父ピエールはボルドー市長にもなった人物です。
貴族の慣習からモンテーニュは里子に出されたのですが、5歳ごろ城に戻り教育を受けました。

ボルドー大学、トゥールーズ大学では法律と哲学などを学びました。
21 歳で御用金裁判所の裁判官になりました。
3年後にボルドー高等法院に移り、16 年間を司法・立法・行政における国王を代表する機関で働いていました。

この間に彼は、生涯の友であり教養と人格を備えた人文学者ラ・ボエシーと知り合い、結婚もしました。
37歳の時に、父親の遺産を相続して、裁官職を友人に譲り、領地モンテーニュに隠退しました。

モンテーニュは 39 歳から 47 歳にかけて『エセー』を執筆し、2巻本を 1580 年にボルドーで出版しました。
その後約1年半の間、イタリアなどを回る大旅行に出かけたのですが、1581年ボルドー市長に選ばれ帰国しました。

当時のボルドーは宗教戦争の渦中にあり、新教、旧教の勢力が拮抗していたが、国王の名代として公正無私の人柄と率直誠実な行動で両派の調停役を務めました。
モンテーニュは1585 年に市長を辞し、翌年から『エセー』の執筆を再開しました。
1592 年モンテーニュの城において 59 歳でその生涯を閉じました。

 

モンテーニュ名言は?

モンテーニュの名言のひとつに「クセジュ?(Que sais-je?)」があります。
「私は何を知っているだろうか」という意味するフランス語であり、モンテーニュ自身が常に自問したとされる言葉です。

「いつかできることはすべて、今日もできる」

これは、やらなければならないことを先延ばしにしがちな時にこの言葉は、響きます。

先延ばしても、いつかやらなければなくなります。
逆に後回しにしたことが山積みになった時に、焦ります。
だったら、やるべきことは今やろうと決めて行動してみましょう。
モンテーニュは、今できることを後でやろうとしないで今すぐにやるべきと説いています。

このようにやるべきことを今やると心がけると、やるべきことを溜めてしまわずにたいへんな思いをすることなく。心地よい生活が送れることを示唆してくれています。

「もしも私が再びこの人生をくりかえさなねばならないとしたら、私のすごしてきた生活を再びすごしたい。過去を悔やまず、未来も怖れもしないから」

過去を悔いず、未来を恐れないというメッセージに意志の強さを感じます。
それでは、過去を悔いず、未来を恐れないというのはどういうことでしょうか。
過去や未来にしばられずに、今を生きる姿勢を感じます。

別の言い方をすれば、現在の人生を満足しているということであるし、過去の出来事を後悔もなく、未来を不安に思うこともない、ありのままの人生を受け入れている状態です。

今の人生を精いっぱい生きていれば、その生き方を繰り返すことで望む人生となることへ向かっています。

「他人のために暮らすのはもうたくさんだ。
せめて、このわずかな余生を、
みずからのために生きようではないか」

誰しも、他人のために尽くすことをします。
でも、十分に尽くしたと感じたら、これからは残された人生を自分のために生きたいという強い意志を感じます。
自分の人生の主導権を自分で取り戻し、自分自身の幸福や自己実現を追求する決意でもあります。
他人の目を気にしない生き方の転換を意味します。

人生の主体性の回復を目指す意味もあります。
自分自身のために生きることは誰も変わることができない自分自身を生きることは自分勝手ではないです。
他人の目を気にせずに、心が望む生き方をしてよいという意味はそれぞれの人生をリスペクトすることでもあります。
「健康は実に貴重なものである。
これこそが人がその追求のために
単に時間のみならず、汗や労力や財宝をも
否、生命さえも捧げるに値する唯一のものである」

これは言葉通りに、健康は大変貴重なものであること、財産よりも大切なのが健康であるということになります。
この価値に気が付けば、健康維持ができると思われます。

 

モンテーニュエセー

モンテーニュの著書エセーはエッセーの素ともなっていると言われています。
モンテーニュの『エセー抄(エセー)』は、自らの経験や古典からの引用をもとにした随筆による構成が特徴で、「人間」を率直に記すことを目的とした一冊です。

フランス語の「エセー(Essais)」とは、「試み」や「企て」という意味の言葉です。
このモンテーニュの『エセー抄(エセー)』によって、「特定の話題に関する主観的な短い文章」を「エッセイ」と呼ぶようになったとされています。

また、その引用の特徴がみられます。
「エセー抄」は、聖書からの引用が少ないのも特徴のひとつです。
また、プラトンやアリストテレスなどの古典・古代文献からの引用が多く用いられています。

聖書からの引用が少ないという背景にあるのが、宗教戦争です。
カトリックとプロテスタントの両者に人脈を持っていたモンテーニュは、間に立つ身として、人間の愚かさや醜さを痛感していました。
自分が正しいと思い込み、相手を認めようとしないことこそが悪習と感じていたようです。

いつかできることはすべて、今日もできるといったモンテーニュ。
気が付けば、人生は短い。
今できることはすぐにやると主張するモンテーニュの言葉は、今の時代にも通じますね。
人の愚かさを知りつくしたモンテーニュだからこその主張だったのではないでしょうか。

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