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パトリス・ジュリアンは、日本とフランスの違いに気づき、その違いを暮らしに活かす提案しています。
パトリス・ジュリアンが感じた日本とフランスとの違い、気になりますね。
快適さを大切に住まい、食事、暮らし、心まで全てがパトリスジュリアンは自分の人生と言います。
パトリス・ジュリアンの今をお伝えします。

パトリスジュリアン

パトリスジュリアンはフランスのライフスタイルアーティスト、エッセイスト、料理人です。

元々は、フランス大使館文化担当者として来日。
東京日仏学院の副学長や複数のレストランのオーナーシェフを務めた後にパトリス・ジュリアン・ライフスタイルデザインオフィスを設立。

パトリスジュリアンは、画家であり優れた料理人(コルドン・ブルー)であった母の影響を受け、幼少期から美しいもの、美味しいものへの深い愛情を育んできました。
教師、外交官としてのキャリアを経て、40歳のときに人生の大きな転換を決意し、「キッチンの世界へ」飛び込みました。

日仏の違いを理解したうえでの日仏の融合がデザインとなりました。
パトリス・ュリアンは単なるシェフではなく、「空間のクリエイター」でもあります。
彼にとって、美食とは「味覚」だけでなく、視覚、雰囲気、感覚すべてが調和するアートの一部なのです。

パトリスジュリアンがプロデュースした空間は快適さに裏打ちされています。
レストランを訪れた人は、空間をも楽しむ場所となります。
料理・インテリア・照明・音楽・サービスが快適でないといけないのです。

パトリスジュリアン離婚

パトリスジュリアンは最初に結婚した日本女性とは離婚をしました。

パトリスジュリアンの最初のパートナーは、26歳の起業家女性でした。
フランス大使館文化担当官として来日していたパトリス・ジュリアンと出会いました。

最初の妻は、それから個人創業して、フランスの生活文化を日本に紹介することに努めたのです。
その手腕は、料理、エッセイ本を20冊以上プロデュースしました。
当時売れないと言われていたフランス料理本の販売部数40万部以上を数えました。

最初の妻は30代初めに、東京白金台に100坪を超える自社建物を取得し、一軒家でのフレンチカフェ&レストランブームの火付け役となりました。
この一軒家でのフレンチカフェは現在の古民家ブームの先駆けであり、『サントル・フランセ・デ・ザール』です。

最初の妻は、パトリスジュリアンとの関係清算後に、拡大した事業を仕切り直しました。
レストラン経営から離れ、現在は母方の故郷である宮崎に拠点を置いて活動をしていました。
現在は再婚してモロッコで暮らしているらしいです。

 

パトリスジュリアン再婚、妻の名前は?

パトリス・ジュリアンはユリさんという女性と再婚しました!

妻の名はユリ・ジュリアン。
獅子座。
東京都出身。
ひとつのアイデアに対して多方面からの解釈を同時にこなすことが出来るのが特技だそうです。
あと人を綺麗にする仕事がすき。
冷静だけど内面は熱いです。
もっと感情にまかせて行動してもいいと思っているが歯止めが効かなくなるんじゃないかと考えると踏み出せない。

二人の門出は、大田区洗足池のほとりの小さなレストランで行われたそうです。
新郎新婦は洗足池をモーターボートで投げキッスしながら横切る演出をするなど、手作りの温かな結婚式だったといいます。

当初、二人は結婚という形をとっていませんでした。
そもそもユリさんは結婚願望もなく、パトリスジュリアンも再婚する気もなかった。
しかし、ユリさんとパトリスの娘がパリで出会って友だちとなり、やがては再婚を勧められた結果だったとか。

二人が暮らしていた洗足池のすぐそばで自然に囲まれた贅沢な空間は室内はロッジ風の温かみ溢れる木々で作られていました。
ランプや暖炉があったおかげで不思議と落ち着く雰囲気で、喫茶店のようなムード。
2mほどの大きな本棚にはフランス語の本やご自身の料理本がずっしり。。。
ふと外に目をやると、庭には一面に広がった緑と桜。

パトリスジュリアン宮津レストラン

パトリスジュリアンさんは現在京都府宮津でレストランをしています。

住まいは、京都府宮津市は、京都府北部の丹後地方に位置し、豊かな食や、歴史、文化に裏打ちされる魅力的な地域です。
近畿初の「海の京都観光圏」として認定され、近隣には日本三景「天橋立」をはじめ、風光明媚なビューポイントが多数あります。

パトリスジュリアンがこれまで手掛けたレストランには、独自の個性とコンセプトがあり、美食を超えた体験を提供することを目的としています。
日本文化とフランス文化を違いをわかった上での融合=コラボレーションだったと思います。

彼が手がけたカフェの店舗名に必ずル・ジャルダンがはいっています。
彼が目指した空間はジャルダン(フランス語で庭を指す)で、五感を癒す場所です。
パトリス・ジュリアンが作るジャルダンはある種の自然な瞑想の場と呼ぶもの。

僕の庭はまるで本物の庭と同じように、世界がひとりでに色を帯びる。
ただ“その場所にいる”だけで、十分なのだという。
新たなジャルダンを作る場所として京都府の宮津を選びました。

宮津を選んだ理由は、「地元の特性を尊重する」ことを大切にしており、彼が現在拠点とする「メゾン・ジュリアン宮津」では、京都府・丹後地域の食材を積極的に使用しています。
食材の地産地消を重視し、地元の生産者と連携することで、料理に深い意味とストーリーを加えています。

ワインだけでなく、日本の文化を尊重し、地元の日本酒(地酒)を厳選して提供。
フランス地中海料理と丹後地方の恵みを融合させることで、他では味わえない唯一無二のダイニング体験を提供しています。

彼が作った空間は、心が安らぎ、五感と心に響く場所としてリノベーションをした古民家です。
そこは、リトリートとしてヒーリングも受けることができます。
忙しさのあまり、スケジュールも頭もパンパンになったら訪れて、リセットをして美味しい食事とヒーリングで充電をして日常にもどる場所となっています。

鎌倉京都

古民家カフェがブームですが、鎌倉にも民家を改装してカフェをプロデュースしたのがパトリスジュリアン。
この様子は、テレビドラマの撮影でも舞台となって人気を博しました。
日々の暮らしが脈々と続いてきたような、どこか懐かしい佇まいの家は昭和初期に建てられたものだったようです。
長谷から極楽寺に向かう切り通しの途中、極細の路地を左に入り、突き当たりまでいくと国道134号、その向こうに由比ケ浜海岸が広がります。
1994年に荒れていた日本家屋をリノベーションしたのが、当時はフランス大使館、料理家としても知られていたパトリス・ジュリアンでした。日本に来て一軒家に住み始めたのも鎌倉でした。
その暮らしで気が付いた日本人とフランス人がとらえる空間をフランス人ならではの感性でリノベーションしました、

鎌倉で開いたカフェは、シェフとして腕を振るうレストラン兼会員制フランス文化センターとして日夜、流行に敏感な人たちの賑わいの場となっていました。

あれから一度、故郷南仏に戻り、再び来日。
度は京都府宮津の海を望む家でレストランを再開しているようです。

そんなパトリスジュリアンが日本に戻って京都・宮津にレストランをオープンしました
昔、京都・宮津の町は栄えていたであろうが、現在は漁業と魚加工業以外に目立った産業がない印象があります。
街には人が少なく、飲食店は限られ、コンビニも少なくとても静かです。
橋立までは近いため、青い海と海岸線の織り成す光景は最高です。

海が見える古民家レストランでシンプルな目も舌も喜ぶカジュアルフレンチ、美味しいワイン。
美味しいものを食べに行くのはそもそも贅沢な時間だし、特別な空間で、シンプルでありながらなかなか出会えない特別な料理を味わえるのは、やはり極上の幸福です。
このレストランではパトリスジュリアンがシェフを務めています。

丹後・宮津から丹鉄(京都丹後鉄道)宮舞線で隣駅である無人駅、栗田(くんだ)が最寄り駅です。
駅前といってもロータリーも店の一軒もなく、この海辺の古民家までわざわざ行くこと自体がミシュラン的行動なわけですね。

駅から歩いて5分くらいの住吉神社に参拝し、海の鳥居を拝見。
神社からまっすぐ7分ほど歩くとMaison Julien に着く。
庭を抜けていくと青い海を眺めることができる浜辺へ出られます。

左はマクロビオティック・フードが売りのカフェのテラス。
海辺独特のなんともゆるりとした界隈で、レストランも海辺の別荘という空気感です。
こんな静かな景色のいいところに素敵なレストランあったらいいなおいうところに、メゾン・ジュリアンはあります。

 

書籍

パトリス・ジュリアンさんの著書は、暮らし方のヒントや料理本が多いです。

その中から暮らし方のヒントになる本を紹介します。
「きちんと暮らす」東京 アスコム 2004年5月

パトリス・ジュリアンさんは鎌倉に住んだ一軒家での暮らしから気づいた、フランスと日本との違いを比較しながら今ここでの暮らしの楽しみ方をまとめています。

鎌倉では、中庭や縁側もあって、理想の住まいだと感じたそうです。
暮らしてみると日本の家屋のいいところはあっても、フランス流の良さと融合させるのには、工夫が必要だったと書いています。

大きな違いを感じたのは、空間のとらえ方だと気づいたそうです。
日本の暮らしはすべてが床の間文化であると、切り取られた住まいの美しさと良さを大事にしている。
フランスのインテリアは、部屋全体を俯瞰で見て、色の調和や家具の配置を決めていく。
その融合の過程が本の中では、結果をみることができます。

料理本を紹介します。
「お鍋でフランス料理:ビストロの味、田舎の味」
文化出版局 1994年11月

フランスで大人気の煮込み用鍋の「ル・クルーゼ」を日本で知らしめたのも、パトリス・ジュリアンの功績です。
フランスの伝統から、子どものころの思い出から、そして夢から引っ張り出した、ビストロの味、田舎の味、おばあさんの味。
やさしく作れるフランス版家庭料理を。
ただ、レビューによれば、分量が6人前前提となっているのは、フランスの一般的な家族を設定にしていたのでしょうか。

暮らしに関する本は、日仏の違いをわかったうえでのヒントが面白いです。
料理もフランスの料理文化を知るために役立つと思います。

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