フランスで活躍している日本人パティシェを取り上げます。
話題になっているのが、吉田守秀さんです。
現在は日本とフランスに店舗を構えているようです。
吉田守秀について、話題となったことや経歴やフランスでの活躍などを紹介します。
吉田守秀パティシェ
吉田守秀はフランス菓子に興味がないままにフランス菓子修業を始めました。
静岡県で吉田守秀の実家は、祖父の代から和洋菓子店を営んでいました。
兄弟は3人、長兄次兄ともに優秀で大学へ進学しました。
自ら、和洋菓子店を継承するつもりで、高校卒業と同時に洋菓子の専門学校に通うことになりました。
吉田守秀は一向に洋菓子作りには身が入りませんでした。
卒業と同時に有名な洋菓子店への就職が決まりました。
半年後に、吉田守秀はフランスへ留学が決定しました。
フランス国立製菓学校に入学し学ぶけれど、伝統的な重いフランス菓子が美味しいと思えず、日本に帰国しました。
27歳で吉田守秀は故郷の静岡に日本人向けの洋菓子店をオープンしました。
オープンから3年後に吉田守秀の洋菓子店は人気店となりました。
たまたま旅行でフランスを訪れた時に食べたフランス洋菓子で味わっていた時のことです。
最初の留学時に出会ったフランス菓子の印象とは違っていたのです。
素材もお菓子も新しいものへと変化しているのを吉田守秀は感じ取りました。
今のフランス菓子の流れが変わったことをキャッチしました。
吉田守秀は静岡の店舗2店目を展開する希望を持っていたのですが、2店舗目はパリに出したいと考え、渡仏し直して新たにフランス菓子を学び直しがはじまりました。
吉田守秀は日本人の自分が優位な面があることも知り、さらに極めようと思ったことがありました。
フランスの歴史や文化を学ぶことが、新しさを生むことになるという確信でした。
フランス人の懐の深さは、フランス菓子の王道を評価してくれます。
美味しければ、作りての人種は問わないと知りました。
新たな吉田守秀パティシエの誕生です。
ここで、吉田守秀は勝負をかけ、惜しまれながら静岡の店舗を閉店しました。
MORI YOSHIDA (モリヨシダ)
吉田守秀の新たな店舗はMORI YOSHIDA (モリヨシダ)と言います。
パリ7区の、シャンドマルス公園に MORI YOSHIDA (モリヨシダ)はあります。
MORI YOSHIDA(モリヨシダ)では素材本来の味を最大限に生かし、美味しさの限界を探し続けています。
MORI YOSHIDA(モリヨシダ)の菓子には日本人のアイデアと品質をフランス菓子に詰め込んでいます。
日本では独自の発展を遂げるフランス菓子、それをもう一度フランスの美味しい素材で作り直すのが、MORI YOSHIDA (モリヨシダ)です。
フランスの文化、歴史、素材を尊重したフランス菓子を造ります。
一番美味しいフランス菓子を作る事が出来るのはパリだと吉田守秀は考えて、 MORI YOSHIDA (モリヨシダ)を作りました。
MORI YOSHIDA (モリヨシダ)で最高に美味しい菓子を作る夢を現実にしています。
パリの人達に味わう歓びを提供出来たら幸せです。
歴史や文化を学ぶことは、それまでのフランス洋菓子を振り返ることができます。
伝統を知ればこそ、アレンジができて、新たな洋菓子ができますね。
何となく継いだ洋菓子店ではできなかったことがフランスパリでできますね。
フライデー?
2015年に週刊誌のフライデーが女子アナとパティシェの不倫を掲載しました。
当時、女子アナの牧野結美がパティシェと不倫しているとスクープ。
その不倫相手はパティシェ吉田守秀さんと報道しました。
結婚してて嫁がいる静岡のパティシエだというの噂が今でもネットに残っています。
しかし、記事内でも確たる証拠がなく、誰とも明記していないことがはっきりしています。
多くの人々がSNS上で勝手に推測したものだとされています。
さらに、吉田守秀本人がすぐに「人違いです」とコメントを発表し、疑惑を全面的に否定しました。
その記事からすでに12年もの年月が経過しているのです。
奥さんは?
吉田守秀パティシェには日本人の妻がおり、パリで一緒に暮らしています。
妻は店舗運営のサポートや家庭の管理に積極的に関わっていると言われており、吉田守秀パティシェの成功を支える重要なパートナーです。
しかし、不倫疑惑が報道されたことにより、一部で離婚の噂が広まりましたが、これもまた根拠のないデマ情報です。
実際には、吉田守秀パティシェとその妻は現在も良好な関係を保っており、離婚していないことが確認されています。
不倫疑惑が報じられた際、夫婦としてもこの誤解に対して冷静に対応しており、デマ情報の拡散を防ぐために必要な措置を講じています。
夫婦としての結束を強めつつ、パリでの店舗運営や新たな挑戦に向けて取り組んでいるようです。
吉田シェフの妻もまた、パティスリーの成功に欠かせない存在であり、モリヨシダブランドを支える重要な人物と言えるでしょう。
経歴は?
パリで活躍する吉田守秀パティシェはパリに店を構えてすでに7年がたっています。
最近の話題はなんといってもパリに店を構えて7年になるMORI YOSHIDA (モリヨシダ)の吉田守秀パティシェです。
日本では静岡県でお店を営んでいましたが、そこでの菓子作りに疑問を抱き、パリで勝負することになりました。
フランスでは、ちょっと前まで、パティシエは料理人の下に見られていました。
フランスはガストロノミー界にもヒエラルキーがあり、料理人、菓子職人、パン職人の順でした。
それに反論を唱えていたパティシエたちが一致団結し、「パティシエの復讐」なるテレビ番組に出演しました。
本当の意味で、パティシエの反撃が始まりました。
テレビではパティスリーの企画番組が放映されるようになり、雑誌もパティシエをスター扱いするようになりました。
実際、今の若手パティシエはイケメンで実力もかねそろえている世界をリードするスターが大活躍しています。
フランスに乗り込んだ吉田守秀パティ子シエは、テレビ番組が企画したプロのパティシエコンクールで2度優勝を果たしたのでした。
審査員は、ピエール・エルメ、ピエール・マルコリーニ、フィリップ・コンティティーニとそうそうたるメンバーたち。
見た人によると他の挑戦者に比べ、ダントツ作業が綺麗で出来上がるも素晴らしかったそうです。
今やフランスで一番有名なパティシエの一人と言えるでしょう。
※大森由紀子さんのブログより抜粋しました
お店は7区の閑静な住宅地にあり、ガラス越しに降り注ぐ太陽が美しくお菓子を照らします。
お菓子は端正で無駄のない姿をみせています。
シンプルだけど王道のフランス菓子の味わいを秘めたものです。
いつも「お菓子は人なり」と思うのですが、吉田守秀パティシエのお菓子も本当に人柄を表していると思います。
謙虚だけど芯の強さを持つ、そんなところが共通しているのです。
プロフィールは?
吉田守秀
1977年7月26日
静岡県清水町生まれ
日本菓子専門学校専門学校卒業
1998年 東京・南青山のケーキ専門店「アニバーサリー」に勤務。
半年フランス留学
2000〜 パークハイアット東京勤務
2004〜 菓子工房オークウッド勤務
2005〜 パティスリー ナチュレナチュール
2006 TV東京 「TVチャンピオン2」優勝
2007 TV東京 「TVチャンピオン2」優勝
世界の芸術が集まるパリでの新しい菓子創りをしています。
フランスの大地が生み出した食材を使ったフランス風のお菓子作り。
菓子を味わう歓びを追求していくパティシエとして、全てが味の為のフランス菓子を作っていきます。
味わう歓びをパリにそして世界に。
2013年パリ7区に「MORI YOSHIDA」をオープン。
2014年サロン・ド・ショコラの品評会で「AWARD DU CHOCOLATIER ETRANGER EN FRANCE」を受賞。
2018年、2019年、テレビ局「M6」のパティスリーのコンクール番組「LE MEILLEUR PATISSIER:LES PROFFESIONNEL」にて2年連続優勝を果たしました。
2019年11月、渋谷スクランブルスクエアに「MORI YOSHIDA」日本一号店をオープン。現在様々なプロジェクトが進行中。
家族は?
吉田守秀吉田さんの実家は、静岡でケーキ店を営んでいました。
静岡にある実家が祖父の代から和洋菓子店を営んでいたこともあり、高校卒業と同時に洋菓子の専門学校に通うことになりました。
しかし、当時はお菓子作りに特別な思い入れはなかったといいます。
吉田守秀には兄が2人います。
2人とも優秀でそれぞれ薬科大学、美術大学と、将来を見据えた勉強をしていました。
末っ子の吉田守秀は、なんとなく自分が後を継ぐのかな、という空気を感じ取り、東京への憧れもあり都内のお菓子の専門学校へ通うことになりました。
吉田秀盛自身が意欲のある生徒とは言い難かったと振返っています。
ですね」と吉田さん。といっても子どもの頃、ケーキには興味がなく、店を手伝ったこともなかったそうです。
ケーキは、ただ日常の一部にすぎなかったといいます。
東京にある製菓の専門学校に入るまでは、地元の商業高校に通っていました。
でも、これまでの人生を振返り、家族への思いを語っています。
僕という人間を作り出してくれた、両親、兄たち、友人に感謝します。
現在は?
吉田守秀は2019年11月には東京・渋谷にも初の店舗をオープンし、連日完売するほどの人気を博していました。
残念ながら、コロナ禍の影響や原料の値上げの影響もあり、渋谷東急フードショーの店舗は閉店となりました。
渋谷東急フードショー自体が閉店となったのも理由だったかもしれません。
その吉田守秀が日本に初出店した路面店が、中野にある「MORI YOSHIDA 東京店」です。
2024年11月のオープン以来、連日多くの人が訪れる人気店となっています。
東京都中野区新井2-30-7 定休日:火曜日、水曜日
二刀流といえば、スポーツ界の事のようですが、スイーツ分野でも実際にありそうですね。

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